妊娠中も歯科治療できるの?麻酔やレントゲンは?歯科衛生士が妊婦さんの不安に答えます
- 歯のトラブル
こんにちは。熊本県上益城郡の歯医者、ひがし歯科医院の歯科衛生士 大野です。妊娠、誠におめでとうございます!新しい命の誕生を待つ日々は、喜びと期待に満ちあふれていることと思います。その一方で、ご自身の体調が大きく変化し、様々な不安や疑問が出てくる時期でもありますよね。特に、私たち歯科医院には、妊婦さんからこんな切実なご質問がよく寄せられます。
「妊娠中に歯が痛くなってしまったら、どうすればいいですか?」 「歯医者さんで治療が必要だと言われたけれど、お腹の赤ちゃんへの影響が心配で…」 「治療の麻酔やレントゲンは、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「妊娠中は、歯科治療は受けられないもの」「万が一のことを考えて、出産するまでは我慢しなくては」と、痛みや不調をひとりで抱え込んでしまっている妊婦さんも、実は少なくありません。しかし、それは大きな誤解です。
結論から申し上げますと、妊娠中であっても、適切な時期に、適切な配慮のもとであれば、歯科治療は問題なく受けることができます。 むしろ、妊娠中はホルモンバランスの変化やつわりなどで、お口のトラブルが非常に増えやすい時期。そのトラブルを放置してしまうことの方が、お母さんご自身にとっても、お腹の赤ちゃんにとっても、大きなリスクとなる可能性があるのです。今回は、妊娠中の歯科治療に関する妊婦さんの様々な疑問や不安について、歯科衛生士の立場から、詳しく、そして丁寧にお答えしていきます。
目次
- 【結論】歯科治療のベストタイミングは「妊娠中期(安定期)」です
- なぜ妊娠中はお口のトラブルが増えるの?3つの大きな理由
- 妊婦さんが一番心配な「レントゲン」と「麻酔」の安全性について
- 治療で処方される「お薬(痛み止め・抗生物質)」は飲んでも大丈夫?
- 「妊娠中だから仕方ない」と放置しないで!歯周病が早産リスクを高める真実
- まとめ
1. 【結論】歯科治療のベストタイミングは「妊娠中期(安定期)」です
「妊娠中でも治療はできる」と申し上げましたが、お母さんとお腹の赤ちゃんの状態を最優先に考えた、最も適した「ベストタイミング」があります。それが、一般的に**「安定期」と呼ばれる、妊娠中期(妊娠16週~27週頃、妊娠5ヶ月~7ヶ月)**です。
- 妊娠初期(~15週頃/妊娠4ヶ月頃まで) この時期は、つわりが辛い方が多く、体調が非常に不安定です。また、お腹の赤ちゃんにとっては、様々な大切な器官が作られる、最もデリケートな時期でもあります。もし、激しい痛みや腫れがある場合は、それを我慢する方がストレスとなるため、応急処置を行いますが、緊急性のない一般的なむし歯治療や、レントゲン撮影、抜歯などは、原則として安定期に入ってから行います。
- 妊娠中期(16週~27週頃/妊娠5ヶ月~7ヶ月) この時期は、つわりも落ち着き、お母さんの体調もお腹の赤ちゃんの状態も、最も安定する時期です。この「安定期」であれば、**むし歯治療(詰め物・被せ物)、歯周病治療(歯石除去など)、歯の根の治療(根管治療)**といった、ほとんどの一般的な歯科治療を、安心して受けていただくことができます。もし、お口の中に気になる症状がある方や、しばらく歯科検診を受けていないという方は、ぜひこの時期に、一度受診していただくことを強くお勧めします。妊娠中に治すべき歯は、この時期にしっかりと治しておくのがベストです。
- 妊娠後期(28週~/妊娠8ヶ月以降) 出産が近づき、お腹が大きくなってくると、診療台で長時間仰向けになる姿勢が、お母さんにとって非常に辛くなってきます。仰向けの姿勢が続くことで、大きくなった子宮が血管を圧迫し、「仰臥位低血圧症候群(ぎょうがいていけつあつしょうこうぐん)」を引き起こし、気分が悪くなったり、血圧が下がったりすることもあります。また、いつ陣痛が始まってもおかしくない時期でもあり、早産のリスクも考慮する必要があります。そのため、この時期も、緊急性のない治療は避け、応急処置や、お口を清潔に保つための簡単なクリーニング程度にとどめるのが一般的です。
もちろん、これはあくまで一般的な目安です。どの時期であっても、激しい痛みや腫れを我慢することは、お母さんと赤ちゃんにとって大きなストレスとなります。我慢せずに、まずは「現在、妊娠何週目か」を伝えた上で、すぐに歯科医院にご相談ください。
2. なぜ妊娠中はお口のトラブルが増えるの?3つの理由
「妊娠してから、急に歯茎が腫れやすくなった」「歯磨きをすると、必ず血が出るようになった」「口の中がネバネバするし、口臭も気になる…」…そんなお口の変化を感じている妊婦さんは、非常に多くいらっしゃいます。これには、妊娠期特有の、ちゃんとした医学的な理由があります。決して、あなたのケアが怠けているから、というわけではありません。
- つわりによる歯磨き不足と食生活の変化 妊娠初期のつわりは、多くの方が経験する辛い症状です。特に「吐きづわり」の方は、歯ブラシを口に入れることすら刺激になり、気持ち悪くなってしまうため、どうしても歯磨きが不十分になりがちです。また、「食べづわり」の方は、空腹になると気持ち悪くなるため、ダラダラと「ちょこちょこ食べ」をしてしまうことが増えます。すると、お口の中が食べ物や飲み物にさらされる時間が長くなり、酸性の状態が続くため、むし歯のリスクが急激に高まります。さらに、胃酸が逆流する「吐きづわり」では、その強い酸によって歯の表面が溶けてしまう「酸蝕歯(さんしょくし)」のリスクも高まります。
- ホルモンバランスの劇的な変化 妊娠中は、「エストロゲン(卵胞ホルモン)」や「プロゲステロン(黄体ホルモン)」といった女性ホルモンの分泌が、通常時の何十倍にも増加します。実は、歯周病菌の中には、この女性ホルモンを“栄養源”として、爆発的に増殖する種類(プレボテラ・インターメディアなど)が存在するのです。そのため、たとえ歯磨きを頑張っていても、お口の中が歯周病菌にとって非常に繁殖しやすい環境となり、歯茎が炎症を起こしやすく、腫れたり、出血したりする「妊娠性歯肉炎」という状態になりやすいのです。
- 唾液の性質の変化 妊娠中は、唾液の分泌量が減少したり、唾液が酸性に傾いたり、ネバネバした性質(粘稠性が高い)に変化することがあります。唾液には、お口の中の汚れを洗い流す「自浄作用」や、酸を中和する「緩衝作用」、初期のむし歯を修復する「再石灰化作用」といった大切な働きがありますが、その働きが低下してしまうのです。
このように、妊娠中は、ご自身のせいではなく、様々な生理的な変化によって、「むし歯」や「歯周病」といったお口のトラブルが、発症・悪化しやすい時期である、ということを、まずご理解いただくことが大切です。
3. 妊婦さんが一番心配な「レントゲン」と「麻酔」の安全性について
妊婦さんが歯科治療をためらわれる最大の理由が、「レントゲン(X線撮影)」と「局所麻酔」のお腹の赤ちゃんへの影響だと思います。これらの安全性について、歯科衛生士の立場から、正確な情報をお伝えします。
- 歯科用レントゲン撮影について まず結論から言いますと、歯科用のレントゲン撮影は、お腹の赤ちゃんへの影響は、まず心配ないと考えていただいて大丈夫です。その理由は、以下の3点です。
- 撮影部位が子宮から遠い:撮影するのは「お口」であり、赤ちゃんのいる「お腹(子宮)」とは非常に離れています。
- 被ばく線量が極めて少ない:歯科用のデジタルレントゲン1枚あたりの放射線量は、私たちが日常生活で宇宙や大地から自然に浴びている自然放射線のごくごく一部(例えば、東京-ニューヨーク間の飛行機移動で浴びる放射線量よりも、はるかに少ないレベル)です。
- 防護エプロンの着用:撮影の際には、放射線を遮断する鉛の入った**「防護エプロン」**を着用していただきます。これにより、お腹への放射線の到達は、ほぼゼロ(0.00μSvレベル)になります。 もちろん、私たちは妊娠中の方に、不必要なレントゲン撮影は一切行いません。しかし、歯の根の先に膿が溜まっている場合など、正確な診断と安全な治療のために「どうしても撮影が必要」と歯科医師が判断した場合には、これらの万全な安全対策のもと、最小限の撮影を行います。
- 歯科用局所麻酔について こちらも結論から申し上げますと、歯科治療で一般的に使用する局所麻酔は、通常の使用量であれば、お母さんにもお腹の赤ちゃんにも、まず影響はありません。 歯科治療で用いる麻酔薬(リドカイン塩酸塩など)は、作用する範囲が注射した部分に限局され、体内で速やかに分解されます。また、胎盤を通過する量も非常に少なく、無痛分娩など、産科の分野でも使用されている、安全性の高い薬剤です。 むしろ、私たちが恐れるのは、麻酔を使わずに、患者様が「痛み」を我慢しながら治療を受けることです。激しい痛みや、治療への恐怖心は、お母さんにとって極度のストレスとなります。そのストレスは、血圧の上昇を招いたり、お腹の張りを誘発したりと、かえってお腹の赤ちゃんに悪影響を及ぼす可能性があります。痛みを伴う治療を行う場合は、ためらわずに麻酔を使用し、リラックスした状態で、短時間で治療を終えることの方が、お母さんにとっても、赤ちゃんにとっても、はるかに安全で、賢明な選択と言えるのです。
4. 治療で処方される「お薬(痛み止め・抗生物質)」は飲んでも大丈夫?
「治療後に、痛み止めや抗生物質(化膿止め)を処方されたけれど、飲んでも大丈夫?」というご不安も、当然あるかと思います。歯科医師は、妊婦さんに処方するお薬について、産婦人科のガイドラインに基づき、妊娠期間中でも安全性が比較的高いとされている種類のお薬を、必要最小限の量で処方するように、細心の注意を払っています。
- 痛み止め(鎮痛剤):妊娠中の鎮痛剤として、最も安全性が高いとされており、産婦人科でも一般的に処方される**「アセトアミノフェン」**という成分の薬が、第一選択肢となります。逆に、ロキソニンやボルタレンといった非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、妊娠後期には使用禁忌とされるなど、注意が必要なため、自己判断で市販薬を飲むのは絶対に避けてください。
- 抗生物質(化膿止め):細菌感染が起きて歯茎が大きく腫れた場合など、お薬の力で細菌を抑える必要がある場合は、それを放置するリスクの方が、お薬を飲むリスクよりもはるかに高くなります。その際は、妊娠中でも安全に使用できる実績が豊富な**「ペニシリン系」や「セフェム系」**といった抗生物質が選択されます。
もちろん、お薬は、飲まずに済むならそれに越したことはありません。しかし、激しい痛みを我慢し続けることや、細菌による感染を放置することは、それ自体が母体と胎児への大きなストレスとなり、悪影響を及ぼします。処方されたお薬は、「赤ちゃんのために」と自己判断で中断せず、必ず用法・用量を守って、きちんと服用するようにしてください。もし、産婦人科の先生から、他のお薬(張り止めなど)を処方されている場合は、必ずお申し出(お薬手帳の持参)ください。
5. 「妊娠中だから仕方ない」と放置しないで!歯周病が早産リスクを高める真実
「妊娠性歯肉炎」は、妊娠中の一時的なマイナートラブル、と軽く考えてはいけません。妊娠中の歯茎の腫れや出血を、「妊娠中だから仕方ない」「出産したら治るだろう」と放置し、歯周病が進行してしまうと、実は、お腹の赤ちゃんにまで深刻な影響を及ぼす可能性があることが、近年の多くの研究で分かってきました。
歯周病は、歯周病菌による感染症です。歯周病が進行すると、歯周病菌や、それらが作り出す炎症物質(サイトカインやプロスタグランジンなど)が、歯茎の血管からお母さんの血流に入り込み、全身を巡ります。そして、その炎症物質が胎盤に到達すると、子宮の収縮を促し、陣痛を誘発してしまう可能性があるのです。
数多くの信頼できる研究報告によって、重度の歯周病に罹患している妊婦さんは、そうでない健康な妊婦さんに比べて、「早産(妊娠37週未満での出産)」や、「低出生体重児(2500g未満の赤ちゃん)」を出産するリスクが、数倍(一説には7倍とも)にも高まることが指摘されています。これは、喫煙やアルコール摂取、高齢出産といった、他の早産リスク因子と比較しても、同等か、それ以上に高いリスク数値であり、決して無視できるものではありません。
「歯医者さんの治療が怖いから」と、お口のトラブルを我慢し、放置してしまうことが、結果として、あなたが最も大切に思っている、お腹の赤ちゃんの健康な誕生を脅かすことに繋がってしまうかもしれません。妊娠中の口腔ケアは、お母さんご自身のお口の健康を守るためだけではなく、生まれてくる赤ちゃんを守るための、非常に重要な「マタニティケア」の一つなのです。
6. まとめ
妊娠中の歯科治療に関する、ご不安や疑問は解消されましたでしょうか。最後に、歯科衛生士から、大切なポイントをもう一度お伝えします。
- 歯科治療は、妊娠中(特に安定期:妊娠5~7ヶ月)でも、安全に受けることができる。
- 妊娠中は、ホルモンバランスの変化やつわりの影響で、お口のトラブル(むし歯、歯肉炎)が非常に増えやすい時期である。
- 治療の可否は、妊娠時期によって異なるため、まずは「妊娠中であること」を歯科医師に伝え、相談を。
- レントゲンや局所麻酔、処方薬は、お母さんと赤ちゃんの安全に最大限配慮して行われるため、過度な心配は不要。
- 妊娠中の歯周病を放置すると、早産や低出生体重児のリスクが高まるため、専門的なケアが絶対に不可欠。
妊娠という特別な期間を、お口のトラブルによるストレスなく、健やかに、そして安心して過ごしていただくために、私たち歯科医師・歯科衛生士は、最大限のサポートをさせていただきます。「痛いところはないから…」ではなく、「トラブルを予防するため」にこそ、歯科医院を活用していただきたいのです。妊娠が分かったら、あるいは、安定期に入ったら、まずは「検診」と「クリーニング」のためだけでも、ぜひ一度、お気軽にご来院ください。お母さんと赤ちゃんの健康な未来のために、私たち ひがし歯科医院が、全力でお手伝いさせていただきます。
この記事をシェアする