その歯磨き、実は「磨いているつもり」かも?歯科衛生士が伝授する、本当に効果が出るブラッシングの極意
- 予防歯科
こんにちは。熊本県上益城郡の歯医者、ひがし歯科医院の歯科衛生士 大野です。毎日、朝起きてから夜寝る前まで、当たり前のように行っている「歯磨き」。皆さんは、ご自身の歯磨きに自信がありますか?診療室で患者様のお口を拝見していると、「毎日3回磨いています!」とおっしゃる方でも、残念ながら磨き残しが多く、歯茎が赤く腫れてしまっているケースによく遭遇します。実は、歯磨きにおいて最も大切なのは、「磨いている回数」や「時間」よりも、「磨けているかどうか(質)」なのです。
自己流の歯磨きを何十年続けていても、ブラシが当たっていない場所の汚れは、一生落ちることはありません。その残った汚れ(プラーク)が、虫歯や歯周病を引き起こし、将来的に大切な歯を失う原因となってしまうのです。逆に言えば、正しい歯磨きのポイントさえ押さえてしまえば、お口の健康状態は劇的に改善し、生涯ご自身の歯で食事を楽しむ未来を手に入れることができます。今回は、私たち歯科衛生士が、プロの視点から「本当に汚れを落とすための歯磨きのポイント」を、道具選びから動かし方、プラスアルファのケアまで、徹底的に解説していきます。
目次
- 道具選びが9割?自分に合った「歯ブラシ」の選び方と交換時期
- ゴシゴシ磨きは逆効果!歯と歯茎を守る「ペングリップ」と「圧」の秘密
- 狙うは「境目」!歯周病を防ぐための毛先の角度と動かし方
- 歯ブラシだけでは6割しか落ちない!?「フロス・歯間ブラシ」の絶対的な必要性
- プロフェッショナルケアとの併用:なぜ歯科医院でのクリーニングが必要なのか
- まとめ
1. 道具選びが9割?自分に合った「歯ブラシ」の選び方と交換時期
正しい歯磨きの第一歩は、ご自身のお口に合った「適切な道具」を選ぶことから始まります。ドラッグストアには数え切れないほどの種類の歯ブラシが並んでいますが、皆さんは何を基準に選ばれているでしょうか。歯科衛生士として推奨する基本的な選び方のポイントは、「ヘッドの大きさ」と「毛の硬さ」の2点です。
まず、ヘッド(ブラシの頭の部分)は、「コンパクト(小さめ)」なものを選びましょう。大きすぎるヘッドでは、お口の中で小回りが利かず、最も虫歯になりやすい奥歯の裏側や、歯並びの複雑な部分に毛先が届きません。「大きい方が一気に磨けて楽」と思われるかもしれませんが、細かい汚れを落とすには不向きです。
次に、毛の硬さは**「ふつう」または「やわらかめ」**が基本です。「かため」のブラシでゴシゴシ磨かないと気が済まないという方もいらっしゃいますが、硬い毛で強い力を加えて磨き続けると、歯の表面が削れてしまったり(摩耗)、歯茎が傷ついて下がってしまったり(歯肉退縮)する原因になります。歯茎が下がると、知覚過敏の原因にもなり、元に戻すことは非常に困難です。歯垢(プラーク)は、柔らかい毛先でも、正しい当て方をすれば十分に落とすことができます。
そして、意外と見落としがちなのが「交換時期」です。歯ブラシは、使い続けると毛先が開いてきます。毛先が開いた歯ブラシでは、汚れを落とす能力(清掃効率)が約40%も低下すると言われています。また、長く使っている歯ブラシには細菌が繁殖しやすく、衛生的にも良くありません。「1ヶ月に1回」を目安に、必ず新しいものに交換しましょう。もし1ヶ月経たずに毛先が開いてしまう場合は、磨く力が強すぎるサインかもしれません。
2. ゴシゴシ磨きは逆効果!歯と歯茎を守る「ペングリップ」と「圧」の秘密
道具が揃ったら、次は持ち方と力加減です。皆さんは、歯ブラシをどのように握っていますか?もし、掌全体でグーっと握りしめる「パームグリップ」で持っているとしたら、力が入りすぎている可能性が高いです。歯磨きに最適な持ち方は、鉛筆を持つように軽く握る「ペングリップ」です。
ペングリップで持つことの最大のメリットは、「余計な力が入りにくくなる」ことと、「小回りが利くようになる」ことです。歯磨きに必要な力(圧)は、実は100g〜200g程度と言われています。これは、キッチンスケールに歯ブラシを押し当てた時に、毛先が軽く広がらずに止まる程度の、非常に弱い力です。「シャカシャカ」と大きな音がするような磨き方は、明らかに力が強すぎます。強い力で磨くと、歯の根元が削れてくさび状に欠けてしまう「くさび状欠損」を引き起こし、冷たいものがしみる知覚過敏の大きな原因となります。
また、大きく手を動かしてゴシゴシと横に磨くのもNGです。大きく動かすと、肝心な歯と歯の間や、歯と歯茎の境目に毛先が当たらず、表面の出っ張った部分しか磨けません。歯ブラシは、「1本〜2本の歯の幅」を目安に、小刻みに微振動させるように動かすのが正解です。一度に広範囲を磨こうとせず、一本一本の歯を丁寧にケアする意識を持つことが、磨き残しを減らす近道です。この「ペングリップ」と「優しい力加減」をマスターするだけで、歯や歯茎へのダメージを減らしながら、清掃効率を格段に上げることができます。最初は頼りなく感じるかもしれませんが、慣れてくると、細かい部分までコントロールして磨ける快感に変わっていきます。
3. 狙うは「境目」!歯周病を防ぐための毛先の角度と動かし方
歯磨きの最大の目的は、食べカスを取ることではなく、「プラーク(歯垢)」という細菌の塊を除去することです。では、そのプラークはどこに溜まりやすいのでしょうか。それは、歯の平らな面ではなく、「歯と歯茎の境目(歯肉溝)」と「歯と歯の間」です。特に、歯と歯茎の境目に溜まったプラークは、歯周病の直接的な原因となります。ここを狙って磨くためには、歯ブラシの毛先の「角度」が重要になります。
推奨されるのは、「バス法」と呼ばれる磨き方です。これは、歯ブラシの毛先を、歯と歯茎の境目に対して「45度」の角度で当てる方法です。45度に傾けることで、毛先が歯周ポケット(歯と歯茎の隙間)の中にわずかに入り込み、中に潜んでいるプラークを掻き出すことができます。この状態で、前述したように小刻みに(5mm〜10mm幅で)優しく振動させます。
一方、噛み合わせの面(咬合面)は、歯ブラシを直角に当てて、溝の汚れを掻き出すように磨きます(スクラビング法)。また、前歯の裏側は、歯ブラシを縦にして、「かかと」や「つま先」の部分を使って、1本ずつ掻き出すように磨くと効果的です。
多くの患者様は、無意識のうちに磨きやすい場所ばかりを磨いてしまい、利き手側の犬歯の裏側や、一番奥の歯の後ろ側などが、常に磨き残しの「死角」になっています。鏡を見ながら、「今、毛先がどこに当たっているか」を確認し、意識的にブラシを届かせるようにしましょう。特に就寝中は唾液の分泌が減り、細菌が爆発的に増殖するため、夜寝る前の歯磨きは、時間をかけて丁寧に行うことが、虫歯・歯周病予防の鉄則です。
4. 歯ブラシだけでは6割しか落ちない!?「フロス・歯間ブラシ」の絶対的な必要性
ここで、衝撃的な事実をお伝えしなければなりません。どんなに正しい方法で、時間をかけて丁寧に歯ブラシで磨いたとしても、歯ブラシ一本だけで落とせる汚れは、全体の約60%程度だと言われています。残りの40%はどこに残っているのか。それは、歯ブラシの毛先が物理的に届かない「歯と歯の間(隣接面)」です。
この残された40%の汚れを落とすために絶対に必要なのが、「デンタルフロス(糸ようじ)」や「歯間ブラシ」といった補助清掃用具です。これらを併用することで、汚れの除去率は90%近くまで向上します。欧米では「Floss or Die(フロスをしますか、それとも死にますか)」という言葉があるほど、フロスの重要性が浸透していますが、日本ではまだまだ習慣化している方が少ないのが現状です。
- デンタルフロス:歯と歯の隙間が狭い場所や、前歯などに適しています。糸を歯に沿わせるようにして、上下に動かしながら汚れをこすり取ります。ホルダータイプとロールタイプがありますが、初心者の方はホルダータイプから始めると良いでしょう。
- 歯間ブラシ:歯と歯の隙間が広い場所や、歯茎が下がって隙間が空いている場所(ブラックトライアングル)に適しています。様々なサイズ(SSS〜Lなど)があるため、ご自身の隙間に合ったサイズを選ぶことが重要です。無理に太いブラシを入れると歯茎を傷めますので、サイズ選びは私たち歯科衛生士にご相談ください。
これらのケアを怠ると、歯と歯の間から虫歯になったり、歯茎の腫れや口臭の原因になったりします。理想は歯磨きとセットで1日3回です。「面倒くさい」と感じるかもしれませんが、1日1回、夜寝る前だけでも構いません。フロスを通した後の、あの独特の臭いを嗅いでみてください。それが、取り除けた細菌の臭いです。その臭いがなくなる爽快感を知れば、もうフロスなしでは寝られなくなるはずです。
5. プロフェッショナルケアとの併用:なぜ歯科医院でのクリーニングが必要なのか
ここまで、ご自宅でのセルフケア(歯磨き)の重要性をお伝えしてきましたが、残念ながら、セルフケアだけでは100%完璧にお口の健康を守り切ることはできません。なぜなら、お口の中には、歯磨きではどうしても落としきれない汚れが存在するからです。
その代表が「バイオフィルム」と「歯石」です。バイオフィルムとは、細菌が互いにスクラムを組んで作る強力な膜のことで、キッチンの排水溝のヌメリのようなものです。これは抗菌薬や洗口液も跳ね返し、歯ブラシでも完全には除去できません。また、プラークが唾液中のミネラルと結合して固まった「歯石」は、石のように硬く、歯ブラシでは絶対に取ることができません。
これらを除去できる唯一の方法が、歯科医院で行う「プロフェッショナルケア(PMTCやスケーリング)」です。私たち歯科衛生士が、専用の器具や機械を使って、バイオフィルムを破壊し、歯石を徹底的に除去します。
- 身体的メリット:虫歯や歯周病のリスクを大幅に下げ、全身疾患(糖尿病や心疾患など)の予防にも繋がります。
- 精神的メリット:お口の中がツルツルになり、口臭も改善され、人との会話に自信が持てるようになります。
- 経済的メリット:定期検診に通う費用はかかりますが、将来的に歯を失ってインプラントや入れ歯などの高額な治療費がかかることを防げるため、長い目で見れば医療費の大幅な節約になります。
セルフケアとプロフェッショナルケアは、車の両輪です。どちらか片方だけでは、お口の健康というゴールには辿り着けません。ご自身の歯磨きのレベルを上げつつ、2ヶ月〜半年に一度は、私たちプロの手によるメンテナンスを受けていただくことを強くお勧めします。
6. まとめ
正しい歯磨きのポイントについて、解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
- 道具選び:コンパクトヘッドで、ふつう〜やわらかめの毛を選び、1ヶ月に1回交換する。
- 持ち方と圧:ペングリップで軽く持ち、100g〜200gの弱い力で磨く。
- 動かし方:歯と歯茎の境目に45度で当て(バス法)、小刻みに振動させる。
- 補助用具:歯ブラシだけでは6割しか落ちない。フロスや歯間ブラシで隙間をケアする。
- プロケア:セルフケアの限界を補うために、定期的な歯科医院でのクリーニングを受ける。
歯磨きは、毎日行うことだからこそ、その質を変えるだけで、10年後、20年後のあなたのお口の状態は劇的に変わります。「磨いている」から「磨けている」へ。今日から、少しずつ意識を変えてみませんか?
もし、「自分の磨き方が合っているか不安」「自分に合う歯間ブラシのサイズが知りたい」という方がいらっしゃいましたら、いつでもお気軽に、私たち ひがし歯科医院にご相談ください。あなたの「かかりつけの歯科衛生士」として、全力でサポートさせていただきます。一緒に、一生モノの健康な歯を守っていきましょう。
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